いじめについて
久々。
小室圭さんという方がいじめられている。
いじめている側はこれをいじめと理解していない。
まさに子どもたちが誰かをいじめるのと同じ構図。
人間は、ミスをする。人前に出れば、ミスをしたことが公になる。
人前に出なければミスをしてもばれない。
人前に出ず、ミスをし続けつつ、人前に出た人のミスを糾弾する人々が、いじめの主犯である。
彼らはそれを娯楽として消費している。飽きれば次に行く。
彼らの大切な人々も、ふとしたきっかけで、他者の娯楽として、いじめの被害にあう。彼らはそのことも理解した上で、他者をいじめているのだろう。
大変不愉快な事実である。
我々は、「人は生きているだけで誰かを傷つけている」という前提に立つべきだ。自己正当化をやめよう。
自分の浅はかな行動が誰かを傷つける。自分の正義は考えが浅いのかもしれない。一旦立ち止まるべきだ。
自分がどう思うかより、相手がどう思うか。自分の納得より、相手の納得。こういう姿勢で全員が行動できれば、傷つく人々は減っていく。
諦めるのは簡単だ。「世の中そんなもんだ」と思考停止すれば話は終わり。
そして、自分の大切な人が傷ついたとき初めて改善を望む。それは、想像力の欠如である。
人は、生きているだけで他人を傷つけている。あなたが信じる正義は、本当に正しいのだろうか?